52Hz(52ヘルツ)
- 1. 書誌情報
- 2. Split(スプリット)
- 3. Vol-de-Nuit Hofzinser(ボル・デ・ヌイ・ホフツィンザー)
- 4. Double Date(ダブル・デイト)
- 5. Power of 'JUNISHI’(パワー・オブ・十二支)
- 6. Ariadne(アリアドネ)
- 7. The Equi-voyance Test(イクィボヤンス・テスト)
- 8. Fake Monte Move(フェイク・モンテ・ムーブ)
- 9. Psychokinepick(サイコキネピック)
- 10. Rashomon Monte(ラショーモン・モンテ)
- 11. Sinking Aces(シンキング・エーセス)
- 12. Closed Marriage-Brokers(クローズド・マリッジ・ブローカーズ)
- 13. Awkward Rising(アウクワード・ライジング)
- 14. Crystal Clarity(クリスタル・クラリティ)
- 15. ラブアダブバニッシュについて
- 16. ルポールワレット用封筒について
- 17. 追補 Power of 'JUNISHI’2.0を成立させている法則について
書誌情報
マジックマーケット2020
初版:2020年5月2日
著者:ムナカタ・ヒロシ
発行:東北大学クロマドウ会
価格:2,500円
A4サイズ・94ページ
第1章 Traveling
Split(スプリット)
4枚のAを使い、観客が自由に選んだマークに応じて、カードがポケットに移動する現象が起きます。
カード・トゥ・ポケットのプロットで言えばフランシス・カーライル(Francis Carlyle)の「Homing Card(ホーミング・カード)」が大好きでよく演じているのですが、4枚のAのみで(しかも観客のコールに応じて)移動現象に挑戦(素晴らしい!)しているものはあまり覚えがありませんでした。読んでみると、4枚のAのみという前提で考える以上ある程度は仕方のないことなのですが、ここは読者各自で考えて上手く処理してくださいといった部分や、説得力の強度がやや弱めな部分があり、実演に耐え得るとは思いますが、作品としてはまだ未完成な印象でした。ただ、移動現象そのものの鮮やかさはとてもフェアで誰の目にも不思議に見えるものです。
Vol-de-Nuit Hofzinser(ボル・デ・ヌイ・ホフツィンザー)
演者はAのカードが裏表ひっくり返る現象を示し、この魔法を使って観客が選んだカードを当ててみせると言います。4枚のAにおまじないをかけると選ばれたカードと同じスートのAがひっくり返り、さらにそのAが選ばれたカードと入れ替わります。しかも入れ替わったカードが一瞬でまた元に戻ります。
ホフツィンザー・プロブレムの中でも有名な所謂ロストエース・プロットです。最初にある技法を使用していますが、コントロール以外の目的で応用するというのは私には新鮮でした。ただ、著者はあまり心配する必要はないと書いていますが、コントロール目的で使用する時と違い、しっかり動きを止める必要があるので演技環境にもよりますが(特に観客が左右に広がっている場合など)リスクはかなり高くなると思います。あと、このプロブレム自体に付き纏う問題なのですが、特にこの作品は前半でツイスト現象をがっつり見せる(なんと手順の中にリー・アッシャー(Lee Asher)の名作「Asher Twist(アッシャー・ツイスト)」が埋め込まれております。当然やり方は解説されておりません。ハンドリングを知ってはいるもののスライト下手っぴな私は悩むことなくここを省略しました(笑))ので、観客自身が選んだカードを忘れてしまうリスクもあります。回避方法としてメモ書きや写真を撮ってもらうなどがありますが、その場合ひとつめのリスクが更に上がるというのが悩ましいところです。しかし、後半のAと選ばれたカードの入れ替わり現象は一切怪しい動きがなく非常に鮮やかです。
Double Date(ダブル・デイト)
演者はシステム手帳を取り出し、手帳のポケットから1枚のジョーカーを抜き出して見せ、特別なカードだと言い、デックの中に混ぜます。2人の観客に1枚ずつカードを選んでもらい、カードの表にそれぞれの誕生日を書いてもらいます。1人目の観客のカードをデックの中に戻し、観客自身にしっかり混ぜてもらいます。手帳を開くと中はカレンダーになっており、日付ごとにランダムな数字が書かれています。1人目の観客の誕生日の欄を見て、そこに書かれている数字と同じデックの枚数目を確認すると、1人目の観客のカードが出てきます。2人目の観客も同じようにすると、今度は最初に入れたジョーカーが出てきて、2人目の観客のカードは手帳のポケットから出てきます。
ダイアリー・カード・プロットです。著者がテンヨーの「サプライズ手帳」をいたく気に入り活用したくて作った手順とのことです。私も好きなんですよね、あの手帳。財布よりもよっぽど自然で使い易いのですよ。ましてやこの作品のようにトリックの道具として登場するのであれば、そこに置いてあるのはもう必然ですから、何の違和感もなくフィナーレで使えます。既存のカレンダー・トリックは手帳にカードの名前が書かれていることが多いのですが、この作品は数字と枚数目が対応している私の好きなスタイルです。(ちなみに私が演じるカレンダー・トリックは手帳に書かれている数字と同じ枚数目のカードが手帳のポケットの中のカードで予言されているというものです。)解決法も賢く、かつ負担も比較的少なく、特に1人目の観客に自由に混ぜてもらうことができる方法はとても好みです。ただ個人的には、1人目の観客だけでなく2人目の観客にもせっかく誕生日を聞いたのですから、自由に混ぜてもらい誕生日を使うようにしたいところですね。あと著者本人も言ってますが演技時間が長い…(笑)
第2章 Mental
Power of 'JUNISHI’(パワー・オブ・十二支)
十二支のシンボルをすべて半分に切った「絵合わせ」カードがあります。この中から観客に自由にカードを選んでもらったにも関わらず、その結果が完璧に予言されています。
私好みの良い作品です。これを読んだ時に、エディー・ジョセフ(Eddie Joseph)の作品に似たような原理が使われていたなぁと思っていたら、補足ページでしっかり詳細に言及されていました。流石です。ポール・カリー(Paul Curry)の「The Power of Thought(パワー・オブ・ソート)」で有名な一致現象なのですが、十二支のイラストカードを使うことで欠点を補強しており、更には私も含めて多くのマジシャンがノイズと考えていた副産物の現象をちゃんと不思議要素として活用しているところがとても素晴らしいです。できれば著者が使用しているカードの写真が見たかったですね。
Ariadne(アリアドネ)
演者は両手をテーブルの下に入れて、まったく手元を見ることなく、表裏バラバラに混ぜたカードの表と裏、そして赤と黒を指先の感触だけで判別してしまいます。
2つの古典的原理を上手く組み合わせた作品です。本当に上手くいくのか試してみましたが、事前に1回アレをやるだけで、あとは正しいポジションで行ないさえすれば、まず100%の確率で判別できます。あとは準備段階の手続きをどれだけスムーズに行えるかですが、こればかりは慣れるしかないですね。準備本番ともに長々とやっても退屈してしまうので筆者が言うように20枚までくらいが丁度良い落としどころでしょうね。テーブルの下でなく、立って後ろ手で演じることも可能ですが、テーブルの上で大きなハンカチをかけて演じる方が観客にとってはフェアに見えるかもしれません。
The Equi-voyance Test(イクィボヤンス・テスト)
デックから無作為に抽出されたカードを100%透視します。
メンタル・マジックに分類されていますが、かなりテクニカルな作品です。高度な技法だけでなく大胆さも兼ね備えていなければ達成できない手順なので、怪しい匂いを感じさせずにおこなうのはとても難しいです。
第3章 Playing
Fake Monte Move(フェイク・モンテ・ムーブ)
3枚のカードを裏向きで混ぜて「当たり」のカードを当てようとしてもらうが、どうしても当たらないスリーカード・モンテ。当たりカードに目印としてクリップを挟むが、それでも当たらない。
Psychokinepick(サイコキネピック)
デックのトップ・カードを表向きにして、その上に両手をかざすとトップ・カードがひとりでに動き出します。
カード1枚のホーンテッド現象です。演者が動きをほぼ完璧にコントロールできますが、少し予測不可能な時もあり、そこが却って魔法を感じさせるところにもなっていて演じる側としても面白い現象です。何よりお手軽なのが良いですね。
Rashomon Monte(ラショーモン・モンテ)
演者は観客の1人を傍に呼びスリーカード・モンテを演じます。当たりのカードが移動したり、消えたり、すべてハズレになったりとまったく当たりません。最後に催眠術をかけて絶対に当てられないようにすると言い、すべてのカードを表向きで見せて当たりカードを指差すように指示すると観客はカードが見えているにも関わらず間違ったカードを指差します。
Rashomon Principle(ラショーモン・プリンシプル)を利用した面白い現象です。ただし最初に仕掛けた企みを最後まで隠し通さなければいけないので演者の仕事は通常のスリーカード・モンテよりも多めです。あと途中で野島信幸氏の「C3」が出てきます。当然やり方は解説されておりません。私は購入していたので問題ありませんが、つくづく読者に優しくない作品集です(笑)
第4章 Et Cetera
Sinking Aces(シンキング・エーセス)
4枚のAの中で観客が選んだAだけがテーブルに敷いたマットを貫通します。
これも私のお気に入りです。現象だけを見ると「Split」でのカードの移動先がポケットからマット下に変わっただけのように見えますが、解決法はこちらの方がより巧妙で演じやすくもあります。何度も言いますが、私はフランシス・カーライル(Francis Carlyle)の「Homing Card(ホーミング・カード)」と、著者も好きだと言うマルティプルアウトを組み合わせた策略系移動プロットに目が無いのです。
Closed Marriage-Brokers(クローズド・マリッジ・ブローカーズ)
Q4枚、K4枚、合計8枚のカードを使って観客と演者の2人で裏向きのままペアを作っていきますがスートがすべて違っています。演者は2枚のジョーカーを示し、この2枚は結婚仲介人(マリッジ・ブローカーズ)なのだと説明します。演者はこの2枚を介してすべてのペアのスートを一致させてみせます。
ロイ・ウォルトン(Roy Walton)「Marriage Brokers(マリッジ・ブローカーズ)」の改案ですが、原案の心地良い構造美を活かしつつスッキリ纏められていると思います。個人的には2枚のジョーカーはマットの右手前に挟むと、よりパケットとの接触感が無いのではないかと考えますが、このあたりはとても好みの差が出そうなところですね。
Awkward Rising(アウクワード・ライジング)
3人の観客に1枚ずつカードを選んでもらいデックに戻します。演者がおまじないをかけると観客が選んだカードが順番にデックからせり上がってきますが3人目のカードが間違っています。元通り押し込んでやり直しますが何度も間違っています。演者は仕方なくそのカードを抜いて一瞬で観客のカードに変化させます。
コメディっぽい演出のライジング・カードです。仕掛けを使わず即席で演じられますが、少々難しい上にハンドリングはケン・クレンツェル(Ken Krenzel)の「On the Up and Up」を覚えておこなってくださいと相変わらずのスパルタぶり(笑)原典となる洋書などは本書で紹介されていますが、和書ですと『カードマジック事典』(高木重朗編/東京堂出版)「ライジング・カード②」や、『図解カードマジック大事典』(宮中桂煥著/TON・おのさか編/東京堂出版)「ライジング・カード 即席でできる方法2」か、『世界のクロースアップマジック』(『The Collected Almanac』Richard Kaufman著/TON・おのさか訳/東京堂出版)で解説されているアール・ネルソン(Earl Nelson)の「"Up"Set」(アップ・セット)などで確認することができます。
第5章 Extra
Crystal Clarity(クリスタル・クラリティ)
中にコインが入った透明なボックスを取り出し、ペンでおまじないをかけるとボックスの中のコインが消えて右手のペンがコインになってしまいます。ボックスのフタとコインが入れ替わったり、ペンがいつの間にか元の場所に戻っていたりと、めまぐるしく現象が起こった最後に意外なエンディングが待っています。
テンヨーの『クリスタルボックス』(考案:菅原茂)を用いた本格的コイン・ルーティンです。少々難しいですが練習しがいのある手順です。『クリスタルボックス』は私も好きな道具で、オリジナルに近い演じ方で普段から楽しんでいますが、透明なボックスの中にコインが入ると、これまた美しい道具立てとなって見る人の興味を強く掻き立てますね。正に著者の言う通り「道具が教えてくれる」です。
ラブアダブバニッシュについて
カード消失技法である「Rub-a-Dub Vanish」(ラブアダブ・バニッシュ)が細かく分析されています。
ルポールワレット用封筒について
ポール・ルポール(Paul LePaul)考案のルポール・ワレットを使った「Cards in a Sealed Envelope」で使用する封筒の著者の作り方を詳しく解説しています。こういうのが好きな人は皆、封筒を探しまくったり自作したりしますよね(笑)私もかなり似た作り方をしていて、友人もこんな感じなので、皆行き着くところは大体同じなんだなぁと思いました。
追補 Power of 'JUNISHI’2.0を成立させている法則について
Power of 'JUNISHI’2.0で使われている数理を解説しています。
全体的に難易度が高めで、且つマニアックでクセの強い作品集でしたが、なかなかバリエーションに富んでおり、読んでいてとても楽しめました。クレジットがやたらしっかりしている(もちろん著者も詳しく調べたのでしょうが、協力者の錚々たる顔ぶれを見て納得)のも好感が持てました。何より手間を惜しまず本という形で作品を発表し、そこから若さと好きな物に対するエネルギーが伝わってきたのが素晴らしいです。東北大学クロースアップマジック同好会関連の書籍『FIVE FLAVORS』や『Seven Scenes』シリーズからもそのエネルギーは伝わってきます。おかげでとても良い刺激を受けました。ありがとうございます。