Seven Scenes(セブン・シーンズ)
書誌情報
発行日 2019年5月12日
定価 3,000円(電子書籍40ページ)→コチラで購入できます。
東北大学クロースアップマジック同好会の共作集『FIVE FLAVORS』の製作メンバーである、S.Takeyama(@seven_magica)氏のソロ作品集(電子書籍)です。
レギュラー・デック一組さえあれば演じられる意欲的なカードマジック7作品が解説されています。
それにしてもクレジット調査および校正メンバーが石田隆信さん、こざわまさゆきさん、齋藤修三郎さんとまあ錚々たる顔触れでして、このことからも若い著者がどれほど期待されているのかがよく分かることと思います。
1. One Piece
観客が表をあらためた上で、よくシャッフルしたカードに一切触れることなく観客が自由に選んだカードを当ててみせます。
知らなければマニアでもまず追えない不可能性の高いカード・ロケーションを実現する原理の説明と、この原理を使った手順が2つ紹介されています。まず説明を読んだとき、すぐに既存の2作品が頭に浮かびました。作品名を書くと秘密の部分が推測されやすくなるので伏せておきますが、これらの作品の原理2種類をうまく融合させて良い所取りしたような印象を受けましたが結果的にまったく別物になっています。観客に表をあらためてもらうことも混ぜさせることもできるうえにマジシャンが一切触れないという使い方は今までに無かった新発想と言っていいでしょう。ただ「指先を使う技法」を必要としない代わりに、記憶・計算・集中力といったいわゆる「脳を使う技法」が少し必要になってきます。慣れればそれほど大きな負担ではないのですが、集中力が欠けた状態で演じるとうっかりミスをやらかしてしまうリスクが少なからずあるので敬遠する人がいるかもしれません。私は自分の演技環境に照らし合わせて、それらの負担をかなりずるい方法で解決したので、それで比較的気楽に演じています。この原理は最初にアレックス・エルムズリーの作品の現象を知り、その解決法を考えて辿り着いたアイデアだそうですが、なかなか応用範囲が広く面白い原理だと思います。
2. Umbra’s Rumba
観客が選んだカードが、あらかじめケースの中に入れた2枚のジョーカーの間に飛び込みますが、その後予想外のことが起こります。
サンドイッチ・カードがテーマなのに観客はサンドイッチ現象ではない別の現象に驚くという一風変わった作品です。手順は全体的に無理のないハンドリングでまとまっており、比較的難易度高めと思われる2箇所もミスディレクションが効いているので危なげがありません。個人的にはマトリクスと同じように、まず普通のサンドイッチ・カードを演じてから、この作品を演じた方が観客も現象が理解しやすいのではないかと思います。
3. Triple Trial Trick
3人の観客にデックをよくシャッフルしてもらい、それぞれ1枚ずつカードを選んで覚えてもらいます。覚えたカードはバラバラの位置に戻されます。演者はこの間ずっと後ろを向いたままでも選ばれたカードを当ててしまいます。
著者が通称「とりさん」と愛称をつけて呼んでいるイチオシ作品。前述のOne Pieceの原理を使う上でデメリットとなりうる部分を極力排除した手順構成が美しい複数枚のカード当てトリックです。特に何も難しいところはなく、セルフワーキングと言っても良いくらい手順通りに行なうことで観客が選んだカードが3枚とも自動的に判別可能になります。負担が少ない分、演出に力を入れることができるので、著者もPerformanceでかなりページを割いてお気に入りの演出で使うセリフやアイデアを詳しく解説してくれています。
4. Season of Reason
観客が選んだカードをデックに戻して分からなくします。あらかじめ抜き出しておいた4枚のAにおまじないをかけると、選ばれたカードと同じスート(マーク)のAだけが表向きになります。次は数字を当てると言っておまじないをかけると残りのAが選ばれたカードと同じ数字に変化し、最後は選ばれたカードも現れてフォー・オブ・ア・カインド(同じ数字のカード4枚)が出来上がります。
みんな大好きホフツィンザー・プロブレム(毎度手抜きで申し訳ありませんが詳しくは石田隆信さんのコラムを参照してください)に対する著者の現時点での最適解作品です。この作品の難関を挙げるとすれば2つでしょうか。ひとつ目は大胆なムーブではありますが、ミスディレクションもしっかりかかっているので堂々と行なえば何も問題ないと思います。ふたつ目はオリジナル技法HMP(名前を聞くと秘密部分に抵触しやすいので略してます)です。元々それなりの「上手さ」を必要とする技法ジャンルではありますが、難関と言ったのは別の意味でして、動作目的や細かいハンドリングを解説文から読み取るのが難しかったのです。写真やイラストがあれば問題なかったのですが、個人的にはちょっと説明不足のような気がします。自分なりにこれが正解かな?と思えるところに行き着きましたが、読者からの質問があるとすれば、この技法のハンドリングに関する内容が多いのではないかと思いました。いや単に私の読解力不足という可能性も否めないんですが…。手順としては上記2つさえクリアできれば他に特に難しいところはなく、意外とあっさり物凄い現象を起こせちゃいます。最後がフォー・オブ・ア・カインドなので四枚を使った演目に繋げやすいのも良いですね。
HMP解説部分は難解かもしれないという意見はあったそうで、現在補足文章を書き足しているとのことです。まあ、とはいえ映像を見れば一目瞭然合点承知の助なのでこちらをご覧になることをオススメします。やはり特殊な技法などを理解するときは映像や写真イラストなどの視覚情報があるとかなり助けになりますね。
5. Visible Visitors
まず通常のビジターを演じた後、4枚のQの間に観客が選んだカードを挟むと消え、代わりに選んだカードと同じ数字でスート(マーク)違いの3枚がコレクターのように挟まれて登場します。消えた選んだカードはデックの中に表向きで現れます。
2段構成の大作です。キッカー・エンディング系の作品が多いような気がしますが著者の好みなのでしょうか?(ご本人曰く好みだそうです。)この作品は間違った手順を見て思いついたアイデアが膨らんだ後にカタチとなったという面白い誕生秘話を持っています。まあ創作って何がキッカケで閃くか分からないので本当に油断できませんよね。現象自体は選んだカードがあっち行ってこっち行って落っこちずに消えて増えて現れる…とかなり複雑なので、当然のことながら手順そのものだけでなく裏の仕事も多くなります。頭で覚えて身体で覚えてスムーズに演じることを考えると、この作品集の中では比較的練習量が必要な作品だと思います。
ちなみに第1段のビジターに関してですが、私が演じるときは2回目のカードの飛行直前に右手のパケットを左手のパケットの上に乗せる不自然さを緩和させる為に…2枚のQをテーブル中央に無造作に置いておく→右手でパケットを取ってスプレッドしようとするもQが邪魔であることに気付く→左手のパケットの上に右手のパケットを重ねる→自由になった右手でQをテーブルの端に避ける→右手でパケットを取り直しテーブル中央にスプレッドする。といった流れにしています。
6. Do It Yourself
選ばれたカードをデックに戻した後、別に3枚のカードを観客に選んでもらいます。そのカードを見るとそれぞれが選ばれたカードの色、スート(マーク)、数字を表しています。その後、3枚のカードの数字を合計してその枚数分デックの上から配ると選ばれたカードが出てきます。
かなり簡単な計算と操作で達成できる割りには、なかなか凝った現象が起こせるというコスパ高めなセミ・セルフワーキング・トリックです。私は「とりさん」の次にお気に入りの作品です。最後にマニア向け(マニアの息の根を止めるの意)の演じ方も解説されていますが、そこまでしなくても充分不思議なカード当て作品です。
7. Wine and Sewage
赤いカードをワイン黒いカードを泥水に見立て、ショーペン・ハウアーのエントロピーの法則を説明しながらカードを変化させますが、最後は魔法の力で法則を無視した変化を起こしてみせます。
「樽いっぱいの汚水にスプーンいっぱいのワインを注ぐと、樽いっぱいの汚水になるが、樽いっぱいのワインにスプーンいっぱいの汚水を注ぐと、樽いっぱいの汚水になる」というマーフィーの法則を演出素材にしたオイル&ウォーターっぽい作品。エントロピーの法則を演出に利用したことによってカードの操作にほとんど違和感がありません。演出と手法が見事に噛み合って相乗効果を起こしている作品だと思います。エキストラ・バージョンとノーエキストラ・バージョンがありますが著者はエキストラ・バージョンの方をオススメしています。私もどちらを演じるか?と聞かれたら著者と同じ方を選びます。そのあたりの理由はNotesに書かれているのでオイル&ウォーターが好きな人は是非読んでみてください。
最後に著者の言葉。
「このレクチャー本の売り上げの一部(あるいは大半、もしくは全て)は資料代にあてられて、クロースアップマジック同好会に寄贈される予定です。若い世代を育てることに繋がりますので是非マジック業界の未来への投資だと思ってご購入いただけると助かります。よろしくお願いします。」